貴族の本棚 最終回「貴族の目線で選んだ本たち」

 お笑いコンビ「髭男爵」のメンバーである山田ルイ53世さん。ライブ活動やラジオ番組のレギュラー、声優などに加えて、近年では、「ヒキコモリ漂流記」「一発屋芸人列伝」など書籍の執筆、雑誌の人生相談など、独自の文才を生かした執筆活動も注目されています。

 最終回は、ページの都合でご紹介しきれなかったいくつかの作品について、また、ご自身の読書についての考えをお話いただきました。


最終回 

まだまだ紹介し足りない!?
貴族の目線で選んだ本たち

新世界より(上中下巻)
(著:貴志 祐介/講談社文庫)

 初めは貴志祐介さんの別の作品『黒い家(1999年)』を映画で観て、その世界観にハマりました。この作品も、2008年に発表後、2012年に映像化されています。

 僕は、科学的なエビデンス(裏付け)を基にした、話の筋の通った物語がとても好きです。「貴族」と「サイエンス」は対極のものと思われるかもしれませんが、引きこもりの時期に量子力学の専門書を読んでいたくらい、僕は理系分野が好きでした。

 物語を読んで、最初は何のことかわからないけれど、ある瞬間に「なるほど、そういうことだったのか!」という気付きを得る瞬間がとても好き。科学的な要素がそれに加わると、いっそうワクワクします。

 目に映っている世界だけがほんとうの世界ではないという体験を、エンターテインメントの世界で味わってほしいです。


うらおもて人生録
(著:色川 武大/新潮文庫)

 色川さんは、社会の片隅でうまく生きることができずにいる人を描いた純文学作家である一方、阿佐田哲也という名義で『麻雀放浪記』などの無頼派エンターテインメント作品も数多く残しました。

 この本は、ある編集者の人から「山田さんに似ているから、絶対に好きだと思う」と手渡されたのがきっかけで読みました。確かに、物事を全てきれいに美談として収めようとしていないところや、少し皮肉めいたところが、相通じるかもしれません。

 僕はラジオ番組で、リスナーから寄せられた「嘘の美談」を紹介するコーナーをもっています。一つしかないドーナツを弟にあげるお兄ちゃん。弟が「エッ、お兄ちゃんの分は?」と聞くと、「ばかだなあ、兄ちゃんが真ん中の所を先に食べたんだよ」と……(笑)。

 美談が全て真実とは限らない。人生の苦味や雑味のうまい表し方を、この本で味わってください。


ヒキコモリ漂流記 完全版
(著:山田ルイ53世/角川文庫)

 僕自身の小学校時代から、芸人をめざして上京し、現在に至るまでを綴った本です。運動も勉強もできて人気者だった小学校時代、そこから私立中学を受験したいと思ったきっかけ、見事合格し、名門中高一貫校に片道二時間かけて通った日々。

 しかしあることがきっかけでそこから6年間引きこもり、このままではいけないと大検を受けて地方の大学に入ったものの……。思わず気になるこの先の展開は、ぜひ本をお手にとって確かめてください。

 インタビューなどでは「引きこもりの間に得たことは」と問われることがありますが、それこそ「美談」的な発想。できれば体験しないに越したことはありません。

 どんな体験も無駄にはならない、という話をする方もいますが、何でもかんでも「得たもの」にしようとするのは、かえって重荷になることもある。僕はそう思います。




一年間の連載を終えて…

 一年間本を紹介してみて、読んだ当時の自分の気持ちを思い出すことができました。だいぶ昔に遡ることもありましたが、有意義な体験でした。

 仕事で文章を書く機会をいただくことも多いので、「さぞ本を読まれるのでしょうね」と言われることもしばしばあります。僕を褒める意味でおっしゃってくださるのですが、普段の僕は、全く本を読みません

 「本を読んでいるという根拠がないと、文章を書いてはいけないの?」と感じることもあります。

 人は「こういう人なら、きっとこうあるはずだ」という根拠を無意識に相手に求めてしまう面があります。たとえば、一流のアスリートはきっと良い人に違いない、とか、平和のための活動をしている人は皆親切なはずだ、とか。

 でも、現実は必ずしもそうではありません。中には性格の悪いアスリートもいるし、平和活動をしていながら、影で悪事を働く人もいます。

 何百冊と本を読んでいない人が文章を書けるはずがない、と、もしも心の中で思っているのなら、そんな先入観は捨てた方がいいでしょう。

 子どもに対して、「ぜひこの本を読んで感動してほしい」とか「これを読めば、きっといい子に育つはず」という期待をもって本をすすめても、思いどおりにはならないものです。人は結局、読みたいものしか読まないし、子どもにも、自分と同じように感じてほしいというのは無茶な要求ではないでしょうか。

 大人ができることは、子どもの目につく場所にさりげなく置いておく、位のこと。運良く本を開いたら、そこから先は作者に導いてもらいましょう。

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楽しい連載も今回で最終回となってしまいました。
山田ルイ53世さん、一年間ありがとうございました!

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