貴族の本棚 第7回「風と木の詩」

 お笑いコンビ「髭男爵」のメンバーである山田ルイ53世さん。ライブ活動やラジオ番組のレギュラー、声優などに加えて、近年では、「ヒキコモリ漂流記」「一発屋芸人列伝」など書籍の執筆、雑誌の人生相談など、独自の文才を生かした執筆活動も注目されています。

連載の折り返しとなる今回は、書籍のジャンルを越え、ひと味違う視点から作品をご紹介いただきました。「貴族」のチョイスをお楽しみください。


第7回 
風と木の詩(全10巻)
(著:竹宮恵子 白泉社)

今回は、マンガの話で

 いわゆる少女マンガを手に取ったのは、大学生のころ若いときの聖徳太子(厩戸皇子)を描いた山岸凉子さんの『日出処の天子』を読んだことがきっかけで、同時期の作品をいくつも読みました。当時は、後に傑作と言われる作品が多く発表されていた時期でした。『ガラスの仮面』も良かったですね。今でも未完ですが、残念ながら、「紅天女」以降のストーリーは追えていません(笑)。

 『風と木の詩』は、フランスにある全寮制の男子校が舞台です。ヨーロッパの香り高い、まさに貴族好みの設定、と言っておきましょうか。建築物や街並みなどの描写も、実際に欧州に取材旅行に出かけたりして、多くの資料をもとに描かれたそうです。

 そこでは、多感な思春期の少年たちの青春や挫折が展開します。今でこそ「ボーイズラブ」もののマンガは珍しくなくなりましたが、性自認とか多様性という言葉すらなかった1970年代に、相当な熱量をもってこの作品を描いたことは、純粋にすごいなと思います。

 

セルジュ派?それともジルベール派?
貴族の「推し」は……

 ストーリーは、奔放な美少年のジルベールと、誠実で純粋なセルジュの二人の恋模様を中心に進んでいきます。ですが、僕が好きな登場人物は、華麗なジルベールでも健康なセルジュでもなく、兄貴分で無精ヒゲを生やした、メガネ姿のパスカルです

 パスカルは、二人と同級生ですが、年齢は3つ上。なぜなら、学校を首席で卒業するために、あえて留年し続けてきたから。そして、それは自分のためではなく、将来、自分が父親になったときに、その知識を自分の息子に託したいからなんです。僕はそれにすごく感銘を受けました。

 十代の頃って、まずは自分が成功したいとか、他人に競り勝とうと思う気持ちが強いはず。それなのに自分のことを二の次にして、子どものために何かを伝えたいという。まだ若いのに、どうしてそんな気持ちをもてるのかが衝撃的だったのです。ですが同時に、パスカルのような生き方はしたくないな、とも思いました。



誰かのために
一歩引く生き方

 僕自身は、パスカルとは逆の気持ちをずっともってきました。名門中学に入学した頃は、「自分が目立ちたい、一番になりたい」と思っていたし、だから、引きこもりになって社会と隔絶されても、「自分はまだイケる」と、現実を誤魔化して過ごしていた。芸人として売れたときも、俺は若手のコント番組に選抜されて出演するんだと思っていました。「勝ちたい」という気持ちにさいなまれて、もんもんとした状態に陥ることの多い人生を送ってきたんです。

 けれども、自分に子どもができたとき、「一発屋芸人」の称号を受け入れたとき、これからは他人との勝ち負けに執心せずに、自分にいかに向きあうかに集中した方が、人生の「コスパ」がいいだろうと考えるようになったとき、パスカルのことを思い出しました。若いときは同意できなかったけれども、今この年になって、パスカルの気持ちがわかります。

 そんなわけで、いわゆる「推し」で言うなれば、自分はパスカルですね(笑)。

 物語には、恋愛はもちろん、家族関係や差別、虐待、偏見など、いろいろな社会問題が含まれていて、読み物として圧倒的な面白さがあります。秋の夜長にぜひ、読んでみてはいかがでしょうか。

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次号でも、山田ルイ53世さんのおすすめの本をご紹介していきます。
お楽しみに!

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